半村良「能登怪異譚」読了。
時代小説作家として著名な半村良だが、氏の作品に「箪笥」というなんとも不気味で異様な怪談があるのをご存知だろうか。
あらすじを書くとこうである。
昔能登地方のある一家に七人の子供がいたが、その末の3歳の子供が、夜になると箪笥の上に上がってちょこんと座るようになるのである。
昼間は働きに出ている父親がある夜不審に思い叱っても言う事を聞かず、妻に「いつからあんなことをさせている?お前がしっかり教育しないからだ」と問い詰めても、その妻の返答も何やら要領を得ない。
そうこうするうちに他の子供たちまでもが毎晩夜になると箪笥の上へ上がるようになってしまい、ついには・・。
わけの分からないものに対する恐怖、家族が突然理解を超えた存在へと変容していく恐怖、能登弁で語られるこの話の異様さと怪談としての質の高さはぜひともその目で確かめてもらいたいのだが、今回はその「箪笥」を含んだその名も「能登怪異譚」のご紹介。
本書は「箪笥」の他に「蛞蝓」、「雀谷」、「蟹婆」など怖い話ばかりを集めた短編集となっており、どの話も非常によく出来ていることに驚かされる。
さらにそれが能登弁で語られることによってより一層深みと恐怖感を煽られる、なんとも“面妖な(もっしょいな)”物語集なのである。
中でも強く印象に残ったのは「終の岩屋」という作品。
人が入るとどういうわけか忽然とその姿を消してしまう謎の岩穴。
そこへ世を儚んで身を投げにやってくる人々は後を絶たず、そんな死の間際の人々を迎える岩穴のそばの旅館の主人の話。
死にに来た彼らは旅館にて人生で最後の一夜、あるいは数日を過ごす。
中には何日も逗留した挙句決心がつかず帰っていく者もいる。
主人は彼らの行為を止めることもなければ、勧めることもしない。ただ宿を提供するだけである・・。
これだけの話だがなんとも奥が深い。人生の儚さが描かれた傑作ではないだろうか。
喫茶店でお気に入りの席にでも座って、こういった質のよい作品に出会ったりすると、まだまだ面白い話がこの世の中にはあるものだと嬉しくなってしまいます。
折しも太宰の、よりによって「トカトントン」を再読してしまって何もかもが空しくなりかけていた矢先であったので。
某日、吉祥寺の星乃珈琲店にて。